心の居場所


「チッ、よえぇくせして絡んでくんじゃねぇよ!」

右拳を振るい、最後の一人を倒す。

ドサリと音がして辺りは静かになった。

俺の足元には五人の男が気を失って倒れている。

「弱すぎて憂さ晴らしにもなんねぇ」

足元に転がる男を爪先で蹴り、道を開けると歩き出す。

意味もなくイライラする。

あぁ、こんな時いつもアイツの顔が見たくなる。

会いに行くか。

目的地を決めると自然と俺の歩く速度が上がる。

「いよぉ、朝倉ぁ。この間はよくもやってくれたな」

進行方向を塞ぐように現れた男達に苛立ちが増す。

「退け、邪魔だ」

「そうもいかねぇな。この間の礼、きっちりさせてもらうぜ!」

グルリと周りを男達に囲まれ、拳や得物で強襲される。

俺はそれらを最小限の動きで避けるとカウンターで返す。

それを何度か繰り返せば立っているのは俺だけになった。

「…っ」

ピリッと走った痛みに掌を見れば赤い線が一筋走っていた。

早くアイツに会わねぇと。

痛みを発する掌をぎゅっと握り、俺は先を急いだ。

路地を抜け、公園を横切り、住宅街に出る。

朝倉という表札の前を素通りし、隣の山口と表札の出ている家に入る。

靴を脱ぎ捨て、階段を上がり、右側にある部屋へと飛び込むようにして入った。

「ん?」

果たして目的の人物はそこにいた。

読書でもしていたのか振り返った少年の手にはハードカバーが開かれている。

「どうしたの裕樹?」

「由貴…」

部屋へ足を踏み入れてラグの上にちょこんと座る由貴を抱き締める。

あぁ、落ち着く。

ホッと息を吐いて由貴の男にしては華奢な体を抱き締めていればあの意味の分からないイライラがおさまっていく。

「由貴…」

由貴を腕の中にすっぽり抱き込んで瞼を閉じる。

腕の中にいる由貴は何も言わずにただ大人しく俺に抱き締められていた。

しばらくそのままで、俺が抱き締めていた腕の力を緩めると由貴が口を開いた。

「裕樹。また喧嘩したでしょ?」

咎めるような声じゃなくて、眉を寄せて哀しんでいるような声が腕の中から聞こえる。

俺はその声に小さく頷いた。

「…あぁ」

「怪我は?」

「…平気だ」

そう言えばピクリと由貴は腕の中で身じろいで顔を上げた。

自然見下ろす俺と顔を上げた由貴の視線が絡まる。

「裕樹」

ぎゅっと眉を寄せ、口をへの字に曲げた由貴が俺をジッと見つめる。

「…っ。分かった」

由貴から視線を反らして腕を解いた。

そこに座って、と言われベッドに腰かければ慣れた手つきで掌を治療される。

俺はぼんやりと俺の手に触れる由貴の指先をジッと見つめていた。

「ちいせぇな…」

「ん、何が?」

「お前の手」

「裕樹が大きいだけでしょ、もぅ!はい、おしまい」

だけどその俺より一回り小さい手に触れられると何故だか安心できる。

救急箱を本棚の上に戻そうと、俺に背を向けてつま先立ちしている由貴がなんだか可愛く思えて俺は小さく笑った。

「ふぅ…」

棚の上に救急箱を戻し終えた由貴が一つ息を吐いて振り返る。

「ところで裕樹。今日の夕飯は家で食べてく?それとも家に帰る?」

俺の家はすぐ隣だ。両親が離婚してから親父と二人で住んでいるが、親父は海外出張が多く今家に帰った所で一人きり。

「…食べてく」

「やった!じゃぁ、裕樹の好きなもの作ってあげるね!」

そして由貴も一人きり。由貴の両親は共働きのため、一ヶ月に数回顔を合わせられれば良い方だ。

だからって別に放っておかれているわけじゃない。たまに電話が鳴る事もあるし、由貴の方だって伝言を書いたメモやラップのかけられたお皿がテーブルの上に用意されている事もある。

他に何作ろうかなぁ、と本棚の前で考え出した由貴を呼ぶ。

「由貴、ちょっとここ座れ」

そう言って俺の隣をボスボス叩く。

「ん。」

思考を浮遊させたままトコトコ近づいてきた由貴は俺の隣にちょこんと座った。

「唐揚げでしょ、野菜サラダでしょ。それから…」

「夕飯までまだ時間あるし、暫く寝るから後で起こしてな」

「んー?うん」

くぁ、と欠伸を溢して由貴の体を腕の中に抱き込む。

そしてそのまま体を後方に傾けて後ろに倒れ込んだ。

「ぅん?…これじゃ俺まで寝ちゃうよ。裕樹」

「………」

顔を上げればそこにはもう寝入っている彼の姿があった。

「仕方ないなぁもう」

よいしょ、と腕の中で体の向きを変えて由貴は穏やかに微笑む。

「俺は抱き枕じゃないんだからね!」

ポツリと言い分け染みた事を口にしてから小さなその手を目の前で眠る彼の広い背中に回した。

それぐらい知ってる。抱き枕は喋らねぇし俺の心配をしたりしねぇ。怪我の手当てだって料理だって作ってくれねぇ。こんな風に優しく腕を回したりなんてしねぇし温かさだって与えてくれねぇ。

由貴の寝息が聞こえ始めてからゆっくりと瞼を開ける。

「こんなことすんのお前だけだからな由貴」

俺の居場所はいつだってお前の隣だけ。

荒れていた心は凪いでどこまでも穏やかな気持ちになれる。

俺は腕の中ですぅすぅ寝息をたてる由貴の額にソッと唇を落として瞼を下ろした。



END.

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